「表現」とは「自己救済」である。

こんにちは、タカキヨウです。

「表現」とは「自己救済」である。

プログラミング初心者がProgateを1ヶ月使ってみたらどうなるのか。

「人間」は表現をします。

その他の動物も、「異性を誘惑する為」や「自分の身を守る為」に体で表現をします。

では、人間その他の動物の表現方法の違いとはなんなのでしょうか?

それは、人間には、モノを作ったり、文章を書いたり、マーケティングしたりする表現方法がある事です。

その他の動物にも、中にはモノを作ったり、リーダーシップを使い表現している者もいるでしょう。

しかし、人間よりはその表現方法が顕著に現れてはいません。

そして、人間が「表現」することは「自分を守る(自己救済)」に繋がっているのです。

今回は、この事について話していきたいと思います。

「表現」する事の気持ち良さ。

僕は、表現が大好きです。

話す、踊る、書く、作る、毎日様々な表現方法で自分という生命体を維持しています。

しかし、中には、「表現」する事の気持ち良さを知らない人もいます。

それが意外と多いんです。人間は「表現」が出来ないと溜まります。何が溜るって?

鬱憤やらストレスです。

しかし、それらは「表現」をする事で確実に軽減することができます。

表現格差

経済格差や情報格差と同じように、大きな社会問題の一つとして、僕は「表現格差」があると思っています。

特に、日本は「共同体的」であって「表現格差」が大きいと思います。

もっと自分が好きな「表現」を見つけたほうが良いんです。

正直「本当の表現」は「協調性」や「謙遜」の気持ちを持っていたらできないと思っています。

それらの感情を考慮しないからこそ、自分の「本当の表現」というものが出来て、それが結果的に「自己救済」につながると思っています。

超真面目で頭の固い学生が、クラブに行ってみたら「踊る」という表現に目覚め「ダンサー」を目指す事に。

許されない「表現」。

そして、この世界には 許されない「表現」 というものが存在します。

「殺人」や「暴力」や「盗難」などの「非道徳的」な「犯罪」です。

しかし、これらを侵すもの達は、それが自分にとって1番の「表現方法」であり、それらの表現方法しか知らない場合があるのです。

シリアルキラー達なんか、そうでしょう。人を殺めたくて殺めたくて仕方がないのです。

それらの「狂人」達は、人を殺める事で「自己救済」をしているのです。

「狂気」を殺すな!「狂気」の見方を変えろ!

そしてそれらの「狂人」達のパワーは半端ないのです。笑

許されない「表現」だからこそもっとしたくなるのです。

もし自分にそういった「狂人的要素」があるのだとしたら、その「表現」の見方を変えてみて欲しい。

ちょっと角度を変えてみるだけで良いのです。

それだけで、「表現」すること自体は変わらないけど、社会的な結果は全くもって変わってきます。

全ての人が「表現」できる世界へ。

まぁ、結果的に何が言いたいかというと、僕は全ての人が、それぞれの「表現」をできるような世界になることを願っているのです。

「表現」することは気持ちが良い。

許されない「表現」は効率的ではない。

{「表現」とは「自己救済」である。} 

以上です。ありがとうございました。

by タカキヨウ

 

 

 

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