「尊敬」や「憧れ」が個性を殺す。

こんにちは、タカキヨウです。

「尊敬」や「憧れ」が個性を殺す。

「恋人」なんて作る人間は全員弱い人間です。

僕は、常に思っています。尊敬や憧れが個性を殺すって。

まぁ、ある程度年齢を重ねてからの、尊敬だとしたら、自己というものが結構出来上がっているので、心配はあまり無いですが、

まだ、自身が若い場合は、自己というものがはっきりしていなくて、それに加えて、他者への「尊敬」や「憧れ」という感情を抱いてしまうと、その方、本来の「個性」というものが殺されてしまい、良いイノベーションを産んだかもしれない発想が芽を育んでいけなくなるかもしれません。

それじゃあ、非常に勿体無い。だから、僕は、人を「尊敬」したり「憧れ」という感情を持つことは、イノベーション的には「悪い事」だと思います。

本来、育った環境は、皆違うので、一人一人に「個性」というものが必ずあったのです。

しかし、小学生になり、中学生になり、高校生になり、日本の教育システムにどっぷりハマり込み、「集団行動」というものを身に付け、協調性が鍛えられ、皆ある程度同じ思考回路になっていき、「個性」というものが殺されていくのです。

目上の人には敬意を払うべきだ。幼く、純粋な僕たちは、大人に言われるがままに、敬意を払うことが正解という思考回路を脳に埋め込まれます。あぁ、なんて残酷な、、、

「尊敬」や「憧れ」を持つこと自体がおかしい。

まず、僕は、人に対して「尊敬」や「憧れ」を持つこと自体がおかしい事だと考えます。

何故、多くの人は、他者に対して、「尊敬」や「憧れ」を持つかというと、カッコ良かったり、可愛かったり、独創的な考え方を持っていたり、お金持ちだったり、仕事ができたり、カリスマ性があったり、優しかったり、要は、自分には持っていないものを持っていると感じるから、人は「尊敬」というものをするのです。

しかし、その能力は、その人の、遺伝子や、家庭環境や、努力や、運や、生活環境の中で構築されてきたものなので、どんなに「憧れ」たとしても、その人になるのは無理な事であって

それなのに、その尊敬対象のいう事を全て鵜呑みにして、本来の自分の考え方や、行動を殺してしまうのは勿体無い事なのです。

人は人、自分は自分。

貴方が尊敬するあの人にも、必ず長所と短所というものが存在し、貴方にも長所と短所が存在します。

あえて、人の長所に、自分を寄せていかなくても良いのです。自分本来を生きましょう。

結局、「人は人で、自分は自分」なのです。

僕は、元々、人を「尊敬」した事ないタイプなのですが、小学生の頃に一度だけ、人を尊敬したことがあります。

それは、元西武ライオンズのプロ野球選手「中島 裕之」選手です。ショートで3番に滅茶苦茶憧れました。笑

ずっと、ショートで9番でしたけど笑 まぁ、そんなことはよいとして、

これからの時代は「個人の時代」と言われていて、現に、フリーランスや独立する人は増えていますので、人は人、自分は自分という思考回路が、経済的にも、もっと大事になってくると思います。

本来の自分を許す。

結局これらは、「本来の自分を許す」ことでもあり、自分の長所と短所を受け入れた上で、自分らしく生きる。

そうすることによって、余計なことは考えなくても良くなるので、生きるのはとても楽になりますし、楽しくなります。

「尊敬」や「憧れ」という感情は、生きることの苦しみを生む可能性も大きいのです。

自分のなりたい姿になれないから。それなら、自分の短所を許した上で、自分らしく生きようよって。

自分本来の「個性」というものに誇りを持ってね。

良いイノベーションが起こる事を期待しています。

以上です。ありがとうございました。

by タカキヨウ

 

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